和歌山県新宮市
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トップ観光情報観光スポット徐福〜神々の地に宿る徐福伝説
 
2015年5月19日 更新
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徐福〜神々の地に宿る徐福伝説
歴史と伝説
 


 徐福は今から2,200年ほど前、中国を統一した秦の始皇帝に仕え、その命により、東方海上の三神山にあるという不老不死の霊薬を求めて3,000人の童男童女を引き連れ、この熊野に渡来したと伝えられています。
 徐福一行は、この地に自生する「天台烏薬」という薬木を発見しましたが、気候温暖、風光明媚、更には土地の人々の暖かい友情に触れ、ついにこの地を永住の地と定め、土地を拓き、農耕、漁法、捕鯨、紙すき等の技術をこの地に伝えたと言われています。
 徐福の渡海は、中国の有名な歴史書である『史記』にも記されています。1982年、中国の江蘇省連雲港市かん楡(かんゆい)県において徐福村が発見され、徐福が実在の人物として学術研究会で発表されるようになりました。徐福村には祠も再建され、その内部には東方を向いたりりしい徐福の座像がまつられています。
 現中国においても徐福ゆかりの地がクローズアップされており、その研究も活発に行われています。
 日本でも徐福渡来の伝承地がいくつかあり、古くから地域伝承を育み、さまざまな文化が形づくられてきました。
 特に熊野地域には徐福渡来の地として数々の伝承・史跡が残り、鎌倉時代には文献に出てきます。新宮駅から東にわずか100mのところに「徐福の墓」があり、蓬莱山南麓の阿須賀神社には「徐福の宮」もあります。
 平成6年8月、「徐福の墓」を中心に極彩色豊かな中国風楼門を配した整備を行い、「徐福公園」としてオープンしました。
徐福楼門
[全天球画像も楽しめます]
タイトルまたは徐福楼門画像をクリックすると全天球画像が楽しめます。
全天球画像とは、ある点を中心にして上下左右360度すべてを撮影する写真のことです。上の画像をクリックするとGoogleマップで見ることができ、パソコンやスマホから360度の画像を楽しめます。

※下の画像はタイトルまたは画像をクリックすると大きな画面がポップアップします。
徐福公園案内
徐福像

 徐福公園のシンボルとして、また徐福のイメージを鮮明に
するために建立したこの徐福像は、優しく慈しみ深い表情を
浮かべ、来園される方を温かく迎えています。
 高さ1.9メートル、重量1.5トンの御影石でできています。
平成9年(1997)建立
不老の池

 不老の池には、七重臣にたとえた七匹の鯉が泳ぎ、石柱に
は七重臣が有していた七つの徳「和」「仁」「慈」「勇」
「財」「調」「壮」が刻まれています。
 不老の池は文字どおり「不老長寿」を得る泉です。池の傍
らには七本の天台烏薬が植えられ、その根本から生命の水が
したたり落ちています。
 
徐福の墓
 
 墓碑は二段の台石の上に建っていて、高さ1.4メートル、
幅50センチの緑色片岩です。墓碑は紀州藩祖徳川頼宜が
儒臣の李梅溪に書かせたものです。
元文元年(1736)建立
徐福顕彰碑
 
 徐福の墓碑の左側にあります。高さ2.5メートル、幅1メ
ートルの黒色縞状石灰岩に刻まれています。
 天保5年(1834)、藩命により紀州藩儒者仁井田好古の撰
書による顕彰碑が造られました。しかし、海路輸送中台風で
沈み、現在の石碑は残されていた書により、昭和15年の紀元
2,600年記念事業として建立されたものです。
昭和15年(1940年)建立
天台烏薬(市の木)
 
 天台烏薬は、クスノキ科の常緑低木です。秦の始皇帝に命
ぜられ、中国から海を渡って来た徐福が見つけた不老不死の
霊薬の木と伝えられています。はるか遠い国から渡海し、日
中交流の礎(いしずえ)としても崇められる徐福ゆかりの木
として、壮大なロマンと深遠なる歴史の重みを感じさせます。
本文終わり
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