1.遺跡の概要
新宮下本町遺跡は熊野川の河口から約2km上流南岸の自然堤防上に立地する中世の港湾関係遺跡です。遺跡は、丹鶴山(史跡新宮城跡)の西麓に位置することから波風の影響を受けにくい立地となっています。中世の新宮は太平洋航路における重要な港湾の一つであったと考えられ、平安時代末以降、熊野三山による太平洋航路を利用した各地との交流・交易の記録が残っています。
新宮市教育委員会が実施した発掘調査では、12世紀後葉から16世紀中頃(平安時代末から室町時代)にかけての港湾(港町)に関係する遺跡が確認されました。地下式倉庫が多数確認されており、倉庫が建ち並ぶ港の風景を想像することができます。また、鍛冶遺構が確認されており、舟釘が出土していることから周辺で船の修繕等が行われていた可能性があります。遺物は、常滑焼や瀬戸焼等の東海地方の陶器を中心に出土していますが、備前焼などの西日本の陶器も見られ、紀伊半島の東西各地との交流が窺えます。
新宮下本町遺跡は中世以降、太平洋航路の重要な拠点であった新宮における港湾や海を介した交流の実態を知る上で重要なだけでなく、中世の海上交通と宗教勢力のとの関係や、平安時代末頃以降から全国へ信仰が拡大する熊野三山の経済基盤等について考える上でも重要な遺跡です。